子宮頸がんは、性交渉によってヒトパピローマウイルスに感染し、持続感染することでがん化する病気です。日本での患者数は年間約1万人、20代後半から増加し40代以降は概ね横ばいになります。早期に発見されれば比較的治療しやすいといわれていますが、がんであることには変わりがなく年間約3,000人が死亡しています。最近では、20代から30代で患者さんが増えています。日本では、ヒトパピローマウイルスワクチンは2013年4月に中学1年生から高校1年生までを対象に定期接種となりました。その2か月後にワクチン接種後の原因不明の慢性疼痛などを伴う有害事象報告があり、一時的に”積極的な接種勧奨”が中止されています。
この接種勧奨中止から3年が経過しました。その間に国内外の専門機関等から声明や調査結果が発表されています。また、今年5月に札幌で開催された日本小児科学会のシンポジウムでは、座長から参加者に対してHPVワクチン接種再開を支持するか挙手が求められたところ、参加者の多くはHPVワクチンの積極的な接種再開を支持しました。
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HPVワクチンに関する声明・調査結果
◆世界保健機関の諮問委員会(2015年12月)
世界保健機関(WHO)のワクチンの安全性に関する諮問委員会(GACVS)は、「乏しいエビデンスに基づく政策決定」と日本の判断を名指しで非難しました。また200万人以上を対象にフランスで実施された調査結果を紹介しCRPS(複合性局所疼痛症候群)、POTS(体位性起立性頻拍症候群)、自己免疫疾患の発生率は接種者と一般集団で差がないとし、「仮にリスクがあったとしても小さく、長期に及ぶがん予防というベネフィットを考慮すべき」と言及しました。
◆予防接種推進専門協議会(2016年4月18日)
予防接種・ワクチンに関連する15学術団体で構成される予防接種推進専門協議会は、「HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)接種推進に向けた関連学術団体の見解」として、下記の3つの根拠とともに早急なHPVワクチンの積極的な接種推奨の再開を要望しました。
①すでにワクチンを導入している欧米諸国で、導入後3-4年間で子宮頸 がんの前がん病変の発生率が半減したとの報告があること。一方、日 本国内での子宮頸がんによる死亡率は増加傾向にあること。
②日本で報告された有害事象の未回復者の発生率は10万接種あたり2 人であること。欧州の健康当局、フランスの大規模調査報告から CRPS(複合性局所疼痛症候群)、POTS(体位性起立性頻拍症候群)、 自己免疫疾患の発生率は接種者と一般集団で差がないこと。
③接種再開にあたって不可欠となる接種後に生じた症状に対する診療 体制・相談体制などの専門機関が全国的に整備されたこと。
◆名古屋市「子宮頸がん予防接種調査」結果(2016年6月)
昨年の9月に名古屋市が実施した「子宮頸がん予防接種調査」の結果が発表されました。これは市内在住の中学3年生から大学3年生相当の年齢の女性を対象とした、HPVワクチンの未接種者も含めた全国初の大規模な調査であり、ワクチン接種と有害事象の因果関係を解明するうえでたいへん注目されました。名古屋市がウェブサイトに公開した調査結果の「身体症状とHPVワクチンの接種の有無のクロス集計」からは、ワクチン接種者と一般集団に有害事象の発生に有意差は認められていません。
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しかしながら、マスコミがこれらを積極的に報道する機会が少ないため、一般の保護者や中高生本人には情報が届いていません。積極的勧奨を中止している現在、HPVワクチンの接種希望者はごくわずかであり、このままではワクチンによる子宮頸がんの患者数および死亡者数減少という成果は期待できません。今後、検診の受診率が向上して子宮頸がんによる死亡者数が減少しても、検診で子宮頸がんやその前がん状態が発見されれば、多くの女性が心身に大きなダメージを負うことに変わりはありません。HPVワクチンを広く接種している他の国と同様にHPVから女性たちを守るためには、早急な積極的勧奨の再開が必要です。
積極的勧奨が再開されたからといって、すぐにHPVワクチンに対する認識が変わるものではありません。ワクチンへの不信感を払しょくし、接種率を上げることは容易ではありません。だからこそ、積極的勧奨が再開された際には、国、地方自治体、医療機関そしてメディアがHPVワクチンの信頼回復にむけて一丸となることが重要です。
子宮頸がんは命に関わるVPDです。日本では副反応ばかりが大々的に報じられがちで、VPDのこわさは伝わりません。かけがえのない子どもたちの健康や未来を守るには、接種することのリスクとVPDにかかることのリスクを比較して冷静に判断することが必要です。保護者だけでなく、ワクチンを受ける思春期の子どもたち自身が予防接種の必要性を十分に理解することも大切です。
2016年8月22日